
アラン・ドロン
経歴
仏パリ近郊の町ソーに生まれる。里親に育てられ寄宿学校を転々とする子ども時代を送り、17歳で仏空軍に入隊。除隊後、様々な職を経て、57年の「女が事件にからむ時」でスクリーンデビューする。 「恋ひとすじに」(58)で初主演を務め、ルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい」(60)で一躍世界的なスターになる。以降、ルキノ・ビスコンティ監督の「若者のすべて」(60)や「山猫」(63)、クレマン監督の「生きる歓び」(61)、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「太陽はひとりぼっち」(62)で次々と主演を務め、「地下室のメロディー」(63)では仏スター俳優ジャン・ギャバンと共演。 66年の「テキサス」でハリウッドデビューしたが、まもなくフランスに戻り、名作「サムライ」(67)に出演する。69年にはボディガードが射殺され、殺人容疑をかけられる大スキャンダルが発生したが、後に容疑は晴れた。 その後も「パリの灯は遠く」(76)などがヒットし、初監督作「危険なささやき」(81)では製作・主演も兼ねた。「真夜中のミラージュ」(84・日本劇場未公開)ではセザール賞主演男優賞を受賞。98年の「ハーフ・ア・チャンス」を最後に引退宣言をしたが、00年に復帰しTVドラマ「アラン・ドロンの刑事フランク・リーヴァ」(03~04)などに出演する。 最初の妻ナタリー・バルテルミー(後のナタリー・ドロン)との間に生まれた息子アントニー・ドロン、モデルのロザリー・ファン・ブレーメンとの間に生まれた娘のアヌーシュカ・ドロンと息子のアラン=ファビアン・ドロンも俳優になった。
出演作品
7.4Die Harald Schmidt Show
1995
6.8The Dick Cavett Show
1968
5.7Sacrée soirée
1987
6.8Champs-Elysées
1982
3.6Vivement dimanche
1998
9.5Spécial cinéma
1974
6.0Les Rendez-vous du dimanche
1975
5.6Wetten, dass..?
1981
7.5Numéro un
1975
8.0Le Grand Échiquier
1972
9.0Bambi
1948
7.5L'Académie des 9
1982
Samedi soir
1971
Goldene Kamera
1984
7.1アカデミー賞
1953
6.0Kulturplatz
2004
6.1Nulle part ailleurs
1987
8.7Cinépanorama
1956
9.2Ulisse - Il piacere della scoperta
2001
Der große Preis
1974